2006-02-06 屈折 存在というものの形態について考えてみた。 これまで私は事物の存在は私の内に在るのみと考えていたが、 どうやらもっと多くのパターンが考えられるようだ。 宇宙は私の内なるものとは言い切れなくて、 私が宇宙の中に存在するという可能性もあるようだ。 薄々感じてはいたが、今までは確信できなった。 これは私の思考の根幹、思考そのものの方法論、 そういうものをも揺るがす大きな問題だ。